生成AIを使ってみて、今後の作品の流行について思うこと

最後には関係ないことをダラダラと語るのです!

最近は片手間の作業で、ChatGPTを使ったオリジナル作品の二次創作のようなストーリーを作っている。現段階ではAIでストーリーを生成するにはそれなりのスキルが必要だが、今後の技術の成長によっては一気に敷居が低くなるかもしれない……ということを、ChatGPTを触りながら考えている。

多様性という言葉が押し出されるようになった今の時代、私は流行が好きでないと言いやすくなった。しかし、流行そのものは、作り手の姿勢を変える一因であることを受け止めている。
あくまで私の「こういう流行になると嬉しい」という希望を含む話で、今後の作品の流行について思うことを綴ってみることにした。

「探して読む」や「宣伝されて読む」だけでない、「自分で作って読む」という選択肢の可能性

作品を楽しむメジャーな選択に、「自分で作って読む」という選択肢が誕生するかもしれない。昔から二次創作というのがあるけれども、二次創作の楽しさが転じて一次創作を試してみたり、何かしらの作品にインスピレーションを受けて作品を作ってみることが、今後さらに増えていくと予想している。

少し話題が変わるが、生成AIで作ったイラストに対し制作者と消費者とで考え方や見方が異なる情報発信を見たが、あの現象はイラストに限らずストーリーにも同様の現象がある。
私のことを例に挙げると、ChatGPTを使って片手間で作るオリジナル作品の二次創作のようなストーリーだが、実はこのストーリーの中身はかなり破綻している。ストーリー中に生まれた設定が所々ズレているし、活躍させようと思ったキャラクターがポッと出で終わることもある。ただ、それでも「楽しい」のだ。
※実際は「楽しい」以外の目的もあるが、話が逸れてしまう恐れがあるので今紹介するのは控える。

生成AIで作ったイラストもストーリーも、制作者側から見ると何かが破綻していて納得いかないことがあろうと、消費者側から見ると充分に目的を達成しているという現象は、今後も増えていくだろう。
この先、消費者側の視点に注視しながら制作者として何を活かすかを考えなければ、大きな隔たりが埋まらないまま、納得いかない状態が何年も続きそうだと思った。

冒頭の話に戻すと、制作者側から見ると中身が破綻していようと、一消費者のための娯楽作品を「自分で作って読む」作品が増えるかもしれないと予想している。たとえ二次創作作品だろうと、何かの作品からインスピレーションを受けた一次創作作品だろうと、目的を達成さえすればその作品は作品として立派に完成されたものだと私は思う。

今後は、二次創作されやすい作品や、インスピレーションの母体となる作品が流行るかもしれない

『「探して読む」や「宣伝されて読む」だけでない、「自分で作って読む」という選択肢の可能性』の内容をふまえて、では今後どういう作品が流行るかを考えると、「自分で作って読む」に取り掛かりやすくなる作品ではないかと思った。
今はコンテンツが飽和状態で、娯楽なのだから軽く楽しめる作品が求められる傾向にあるが、それらの需要はいずれ「自分で作って読む」作品に呑まれてしまうのではないかと予想している。
実際、私が作ったオリジナル作品の二次創作のようなストーリーも、かなりのスナック感覚で作っている。何かしらの母体となる大元の作品があると、何度でも本筋と何ら関係ない派生のストーリーができてしまうし、ゲーム感覚で軽く楽しめる作品を入手できてしまうので、技術の進化次第で今私がやっているようなことが誰でも簡単にできるようになったら、もしかすると流行や需要は大きく崩れるかもしれない。